日付:2010年7月3日(土)
時間:16:00~18:00
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:「放浪に男女の差はあるか」
講師プロフィール:
藤瀬 恭子 氏(諏訪東京理科大学嘱託教授)
1944年富山市生まれ。明治大学文学部英米文学科卒、同大大学院修士課程修了。明大非常勤講師等を経て、1990年新設の東京理科大諏訪短大講師、97年教授。2001年改組転換により諏訪東京理科大学共通教育センター教授。2010年3月定年退職。英語諸科目と「物語の力―映画と文学」を教えている。専門:シェイクスピアとエリザベス朝演劇を専門としていたがこの10年余、英語圏文学と日本近代文学を比較、カルチュラルスタディーズ的に映画を取りこんでジェンダー研究を展開。モダニズム詩人H・D研究を継続。08年より長野県茅野市男女共同参画講座・「女たち家族について考える会」を年6回開催。成瀬巳喜男映画をテキストとして昭和期の日本の家族制度と女たちの生き方について、社会人、研究者らとともに学習、討論を重ねている。 著訳書『男女両性具有I,II』『娘の心が傷つく時』(人文書院)『フロイトと人間の魂』(法政大学出版局)『ルネサンスの魔術師』(晶文社)共著『山姥たちの物語』(学芸書林)他。
要旨:
成瀬巳喜男・女たちの定住と放浪
成瀬巳喜男の映画は戦前戦中戦後日本の家族、嫁姑、親子、結婚、夫婦、金銭、職業をめぐってのジェンダー差が、50年の時間を隔てた遠近法の中で観察できるタイムカプセルです。『娘・妻・母』『稲妻』『おかあさん』『女の座』『鰯雲』『めし』『驟雨』では定住する女たち、『女が階段を上がる時』『流れる』では花柳界の女たち、『放浪記』『あらくれ』『浮雲』では放浪する女たちが描かれています。林芙美子原作『放浪記』『浮雲』、それに徳田秋声原作『あらくれ』に焦点を当て、女たちの定住と放浪について、映像を参照しながら語りたいと思います。
2010年7月2日金曜日
事務局より
梅雨たけなわ、街も水底にあるようにけぶって見える今日この頃です。水底から輝く夏空にむけて、早く、そして元気に浮かび上がりたいものです。
さて、前回の講演会は、インターネットの歴史と現在をめぐるお話しでした。日ごろ耳にしていながら正確な内容を知らずにいるカタカナ語の説明に始まり、手元のパソコンがどのような経路を経て任意のホームページにたどり着くのかなど、その場で実験をしながら興味深くお話しいただきました。
次回は、成瀬巳喜男監督の映画を通して、女性の放浪について語っていただきます。
さて、前回の講演会は、インターネットの歴史と現在をめぐるお話しでした。日ごろ耳にしていながら正確な内容を知らずにいるカタカナ語の説明に始まり、手元のパソコンがどのような経路を経て任意のホームページにたどり着くのかなど、その場で実験をしながら興味深くお話しいただきました。
次回は、成瀬巳喜男監督の映画を通して、女性の放浪について語っていただきます。
2010年5月28日金曜日
第73回講演会
日付:2010年6月5日(土)
時間:16:00~18:00
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:「NPO-IFの新ホーム・ページとインターネットの世界(基礎編+実用入門編 )」
講師プロフィール:
鈴木 健太 氏(東京大学大学院博士課程、世界史研究所研究所)
名古屋市出身。専門は主にユーゴスラヴィアおよびセルビアの現代史。現在は所属の大学院で、旧ユーゴスラヴィア解体期のセルビア社会におけるナショナリズムに関する研究に取り組む。2006年10月から今年3月までの二年半、セルビアのベオグラード大学にセルビア共和国政府奨学生として留学。現在、世界史研究所研究員。歴史文化交流フォーラムのホームページ作成を担当。
要旨:
実はもう間もなくNPO-IFのホーム・ページが新しくなります。今回はそのお披露目会といたしまして、新ホーム・ページの利用の仕方を分かりやすく紹介させていただきます。けれども、インターネットの時代と言われて久しい昨今、そもそもホームページって何のためにつくられて、またそれで何ができるんでしょうか? 鍵となるのは「情報」をいかに早く、的確に、利便に伝えるかという点です。講演では、インターネットの簡単な歴史を振り返りつつ、インターネットやホームページの使い方について、もう今さら人には聞けない質問を多数お引き受けいたします。
時間:16:00~18:00
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:「NPO-IFの新ホーム・ページとインターネットの世界(基礎編+実用入門編 )」
講師プロフィール:
鈴木 健太 氏(東京大学大学院博士課程、世界史研究所研究所)
名古屋市出身。専門は主にユーゴスラヴィアおよびセルビアの現代史。現在は所属の大学院で、旧ユーゴスラヴィア解体期のセルビア社会におけるナショナリズムに関する研究に取り組む。2006年10月から今年3月までの二年半、セルビアのベオグラード大学にセルビア共和国政府奨学生として留学。現在、世界史研究所研究員。歴史文化交流フォーラムのホームページ作成を担当。
要旨:
実はもう間もなくNPO-IFのホーム・ページが新しくなります。今回はそのお披露目会といたしまして、新ホーム・ページの利用の仕方を分かりやすく紹介させていただきます。けれども、インターネットの時代と言われて久しい昨今、そもそもホームページって何のためにつくられて、またそれで何ができるんでしょうか? 鍵となるのは「情報」をいかに早く、的確に、利便に伝えるかという点です。講演では、インターネットの簡単な歴史を振り返りつつ、インターネットやホームページの使い方について、もう今さら人には聞けない質問を多数お引き受けいたします。
事務局より
街角を早い紫陽花の花が彩り始めています。湿った季節の到来を前に、初夏の若々しい淀みのない日差しのなか、いかがお過ごしでしょう。
さて、5月の講演会では、中東イスラーム社会におけるコーヒー飲料の習慣の開始から、欧州キリスト教社会への伝播とその社会思想史的影響、さらに現代の南北問題の一典型としてのコーヒー栽培まで、コーヒーという「もの」から世界を考えてみました。終了後、コーヒー以外にどのような「もの」を通して世界を語れるか、参加者の皆さんと議論しました。この議論を元に、「もの」を共通テーマに据えて、秋以降の講演会を予定しています。乞うご期待。
さて、5月の講演会では、中東イスラーム社会におけるコーヒー飲料の習慣の開始から、欧州キリスト教社会への伝播とその社会思想史的影響、さらに現代の南北問題の一典型としてのコーヒー栽培まで、コーヒーという「もの」から世界を考えてみました。終了後、コーヒー以外にどのような「もの」を通して世界を語れるか、参加者の皆さんと議論しました。この議論を元に、「もの」を共通テーマに据えて、秋以降の講演会を予定しています。乞うご期待。
2010年5月1日土曜日
第72回講演会
日付:2010年5月8日(土)
時間:16:00~18:00
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:第1部「コーヒーから見る世界」(木村真、木村英明)
第2部 懇話会「もの」の 歴史と文化をめぐって(会員の皆さま)
要旨:コーヒーは石油と同様に、その多くが途上国で採れ、先進国で消費されている。かつて奴隷労働や安価な移民労働力によって生産されたコーヒーは、ヨーロッパでは近代の賑やかなカフェ文化をもたらした。また、カフェは公論形成の空間としても機能することにより、フランス革命に代表される市民革命とも密接に結びついていた。講演では、コーヒーと人びとの関わりを歴史的、文化的に振り返ってみる。
時間:16:00~18:00
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:第1部「コーヒーから見る世界」(木村真、木村英明)
第2部 懇話会「もの」の 歴史と文化をめぐって(会員の皆さま)
要旨:コーヒーは石油と同様に、その多くが途上国で採れ、先進国で消費されている。かつて奴隷労働や安価な移民労働力によって生産されたコーヒーは、ヨーロッパでは近代の賑やかなカフェ文化をもたらした。また、カフェは公論形成の空間としても機能することにより、フランス革命に代表される市民革命とも密接に結びついていた。講演では、コーヒーと人びとの関わりを歴史的、文化的に振り返ってみる。
事務局より
ヨーロッパ系の諸言語には広く「狂った4月」という言い回しがあるようです。不順な天候を指すようですが、今年の日本の4月はまさにその表現がぴったりです。5月は晴れやかな初夏を楽しめるといいのですが。
前回の講演会は、昨年秋に始まった総合テーマ「旅」をめぐる連続講演の最終回でした。はじめに、歴史的、また社会的に大きな意味を持つ旅と言って差し支えないであろう「移民」について、詳細な資料を基にお話を伺い、ついで、一個人の日本人の旅としては第2次世界大戦後のパイオニア的な位置にある女性の、胸躍る痛快な冒険譚を楽しく拝聴しました。最終回にふさわしい充実した時間を過ごせたと思います。
前回の講演会は、昨年秋に始まった総合テーマ「旅」をめぐる連続講演の最終回でした。はじめに、歴史的、また社会的に大きな意味を持つ旅と言って差し支えないであろう「移民」について、詳細な資料を基にお話を伺い、ついで、一個人の日本人の旅としては第2次世界大戦後のパイオニア的な位置にある女性の、胸躍る痛快な冒険譚を楽しく拝聴しました。最終回にふさわしい充実した時間を過ごせたと思います。
2010年3月31日水曜日
第71回講演会
日付:2010年4月10日(土)時間:16:00~18:00
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:
「 日本人の海外移民の150年――遥かなるラテンアメリカ日系社会への旅――」(広内俊夫氏)
「西方見聞録」(鳥山信子氏)
講師プロフィール:
広内俊夫 氏(歴史文化交流フォーラム会員)
大学で物理学を専攻。大手電機会社でコンピュータ開発に携わる傍ら、世界の歴史、地理、文化に興味を持つ。2004年5月退職し、同年7月にJICAの活動に参加。南米パラグアイで「移民史編纂」に携わる。2007年8月帰国後、元の会社で「社史編纂」を指導し、現在はNPO法人「シニアボランティア経験を活かす会」で、冊子「シニアの挑戦!国際協力の現場を語る」の編纂を行っている。
鳥山信子 氏(歴史文化交流フォーラム会員)
1935年、東京下町(向島)に生まれる。1644年、長野県丸子町(上田市)へ疎開し、高校卒業まで10年間を同地で過ごす。1959年~1965年、アストラ国際貿易(在ユーゴスラビア商社)に在職。東京オリンピック開催中はニュース原稿をセルボクロアチア語でテレックス送信した。1969年に欧州滞在から帰国し、ドレッサージャパンに勤務。1970年、東亜亜鉛海外質鉱山開発に従事。1977年から、バンコ・イスパノ・アメリカーノ(スペイン市中銀行)の在日駐在員事務所に入行し、東京支店秘書を務めた。
要旨:
「日本人の海外移民の150年――遥かなるラテンアメリカ日系社会への旅――」
近代日本の海外移民は幕末・明治とともに始まり、ふたつの流れがあった。アジアとアメリカ大陸への移民である。この2つの流れは同時並行して興ったものである。アジアの移民社会は戦後崩壊したが、アメリカ大陸には豊な日系社会が成立した。近代日本の歴史は移民を抜きには語れない。 私は2004年から2007年にかけて3年間パラグアイに滞在し、その間ラテンアメリカ(7か国)を探訪する機会があり、各国の日系社会を見て回ることができた。講演では、近代日本がどのように海外へ進出していったか、移民から見た近代日本のあゆみと、ラテンアメリカ7か国の日系社会の昨今を紹介する。なお、今回の講演は、前回(2008年10月11日)に行った講演(日本人の海外移住140年とパラグアイ移住70年の歴史)の続編である。
「西方見聞録」
1964年4月に海外渡航が自由化され、1人年間500ドルの制限付洋行が認められた。この年に開催された東京オリンピックには94カ国が参加し、一気に海外との交流が促進された。同時に東海道新幹線も開業し、東京‐大阪間4時間という国内の旅が実現した。 1965年、極東の島国から、船、鉄道、空路を駆使して西方へと向かった「個人的な体験」を語り、スペイン滞在4年後、3ヶ月かけて帰国した東西見聞録を披瀝したい。
場所:渋谷アイビスビル10階
内容:
「 日本人の海外移民の150年――遥かなるラテンアメリカ日系社会への旅――」(広内俊夫氏)
「西方見聞録」(鳥山信子氏)
講師プロフィール:
広内俊夫 氏(歴史文化交流フォーラム会員)
大学で物理学を専攻。大手電機会社でコンピュータ開発に携わる傍ら、世界の歴史、地理、文化に興味を持つ。2004年5月退職し、同年7月にJICAの活動に参加。南米パラグアイで「移民史編纂」に携わる。2007年8月帰国後、元の会社で「社史編纂」を指導し、現在はNPO法人「シニアボランティア経験を活かす会」で、冊子「シニアの挑戦!国際協力の現場を語る」の編纂を行っている。
鳥山信子 氏(歴史文化交流フォーラム会員)
1935年、東京下町(向島)に生まれる。1644年、長野県丸子町(上田市)へ疎開し、高校卒業まで10年間を同地で過ごす。1959年~1965年、アストラ国際貿易(在ユーゴスラビア商社)に在職。東京オリンピック開催中はニュース原稿をセルボクロアチア語でテレックス送信した。1969年に欧州滞在から帰国し、ドレッサージャパンに勤務。1970年、東亜亜鉛海外質鉱山開発に従事。1977年から、バンコ・イスパノ・アメリカーノ(スペイン市中銀行)の在日駐在員事務所に入行し、東京支店秘書を務めた。
要旨:
「日本人の海外移民の150年――遥かなるラテンアメリカ日系社会への旅――」
近代日本の海外移民は幕末・明治とともに始まり、ふたつの流れがあった。アジアとアメリカ大陸への移民である。この2つの流れは同時並行して興ったものである。アジアの移民社会は戦後崩壊したが、アメリカ大陸には豊な日系社会が成立した。近代日本の歴史は移民を抜きには語れない。 私は2004年から2007年にかけて3年間パラグアイに滞在し、その間ラテンアメリカ(7か国)を探訪する機会があり、各国の日系社会を見て回ることができた。講演では、近代日本がどのように海外へ進出していったか、移民から見た近代日本のあゆみと、ラテンアメリカ7か国の日系社会の昨今を紹介する。なお、今回の講演は、前回(2008年10月11日)に行った講演(日本人の海外移住140年とパラグアイ移住70年の歴史)の続編である。
「西方見聞録」
1964年4月に海外渡航が自由化され、1人年間500ドルの制限付洋行が認められた。この年に開催された東京オリンピックには94カ国が参加し、一気に海外との交流が促進された。同時に東海道新幹線も開業し、東京‐大阪間4時間という国内の旅が実現した。 1965年、極東の島国から、船、鉄道、空路を駆使して西方へと向かった「個人的な体験」を語り、スペイン滞在4年後、3ヶ月かけて帰国した東西見聞録を披瀝したい。
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